3分でわかる?シオニズム

パレスチナ問題

シオニズムってなんじゃらほい?

というよりもシオニズムという言葉を初めて聞いた人も多いはず、そこでシオニズムの思想を簡単に紹介していきますね!

一つだけじゃないの!?

さてさて、シオニズムとはどんな思想なのか?広辞苑を引いてみると

パレスチナにユダヤ人国家を建設しようとする運動。19世紀末ヘルツルらの主導下に興起し、1948年イスラエル国家を実現。シオン主義

とある。

ふむふむ、なるほどそうなのか!となってしまうとこの記事を書いた意味がないじゃん(笑)。

“じゃあ、お前は何でこの記事を書いたんだ!?”となるはず。

なんと、このシオニズム実は国家を建設するといってもその内容としては様々なものが主張されたのです!

ですからシオニズムと言ってもその中身は人によって全く違うというケースが見られるのですね。

こうした理由からこの記事で、様々シオニズムの立場を見ていこうと思います。

早速どんなシオニズムがあるのかを見ていきましょう。

 政治的シオニズム


テオドール・ヘルツルが始めたのが、この政治的シオニズム。広辞苑に彼の名前がでてきたように政治的シオニズムはシオニズムの代表格って感じのやつですな。

この政治的シオニズムとはどのようなものなのでしょうか。

ヘルツルは1896年に『ユダヤ人国会』を出版し、翌年にはスイスのバーゼルで第一回シオニスト会議を開催しました。

この会議には世界各地からユダヤ人が集まったのですね!

ヘルツルが主張したのはイギリスなどのヨーロッパ諸列強から協力を得て、ユダヤ人国家を建設だったのです。

ただここで注意しなければいけない点が一点あります。

それはユダヤ人国家がどこに建設されるかについてはそこまで問題にされませんでした。

ですから政治的シオニズムの立場に立つ一部の人は、ユダヤ人が入植しても大きな問題が発生しなさそうな場所でも良かったという点が挙げられます。

政治的シオニズムを信奉する人たちはユダヤ人国家の実現のため盛んに政治運動や外交活動を展開していくのでした。

つまり政治的シオニズムは、主に政治運動、外交活動によって合法的にユダヤ人国家の建設を目指した考えということができるでしょう。
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社会主義シオニズム

さて次に説明するのは社会主義シオニズムです。

社会主義シオニズムはイスラエル初代首相のベングリオンが指導者だったこともあり、イスラエル建国後も十分に影響力を持つ思想です。

イスラエル国内で影響力を持つようになったこのシオニズムはどのような思想だったのでしょうか?

さっそくこの社会主義シオニズムの考えを覗いてみましょう。

社会主義シオニズムの考えは労働者としてパレスチナに移民、入植するというものです。

なぜこんな考えが生まれたのかというと、少なくない数のユダヤ人が金融業で生活を成り立たせてきました。

シェイクスピアのベニスの商人でユダヤ人金貸しが登場しているように、ユダヤ人=金融業となるくらいに金融業者はユダヤ人が多かったのですね。

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しかし、この様な状態は正しいものではないと社会主義シオニズムと信じていました。

シオニズムの考えが登場し始めた19世紀のヨーロッパは児童ですら現代のブラック企業で働かないといけないほど苛烈まで資本主義が浸透した社会でありました。

ですのでこうした社会への反抗の思想としての社会主義が人気を得るようになっていた時代背景があります。

社会主義では労働者階級が非常に重要視されていたわけですが、ユダヤ人は先ほども触れたように金融業に従事する者が多く、労働者階級が貧弱という現実がありました。

そこで新天地パレスチナで正常な経済状況つまり労働者がたくさんいる社会を作ろうという主張が社会主義シオニストから唱えられるようになったのですね。

社会主義シオニズムを是とするユダヤ人は、パレスチナに正しい状態であるクワやスキを持って農作業をするために自分たちの土地を求めてやって来たのでした。

そして、この社会的シオニズムはイスラエルでキブツという高い福祉と豊かな自然環境の生活共同体を築いていくことになるのですね。

またベングリオンは政界を引退した後、ネゲブ砂漠近くのキブツで不毛な土地の開墾にいそしんだそうです。

ほっほ~ん社会主義シオニズムはなんなのかは、分かった!けど何故この社会主義シオニズムがイスラエルで影響力を持つようになったのと疑問に思う人もいるはずです。

その原因は、社会的シオニズムの体現であるキブツが度重なる中東戦争でイスラエル防衛の前線基地として働いたからですね。(まさに血の代償!)

こうして、イスラエルの人たちは国を守ったキブツとその背後にある思想に影響を受けるようになりましたとさ。

精神的シオニズム

今まで説明したシオニズムは共に政治運動と分類することができます。

ここで説明する精神的シオニズムはそうではなく文化運動といえます。

精神的シオニズムを主張したのは、アハド・ハアム(本名はアシェル・ギンツベルグ)というウクライナ生まれのユダヤ人。彼は現代イスラエルの文化人に多大な影響を与えた人物としても有名なんだとか。

彼の主張は、ヘルツルをはじめとする政治的シオニズムはやがて入植したユダヤ人とアラブ人の間に衝突が起こるだから、パレスチナの地はユダヤ人の精神的、文化的中心であるべきだというものです。

だから精神的シオニズムは文化運動といえるんですね。

シオニズムの結末

シオニズムはユダヤ人がパレスチナに自分たちの国を様々な方法で建設しようとしたものでした。

しかしアバト・バアムが予期したようにイスラエル建国はユダヤ人とアラブ人の対立を生んでしまいました。この対立はパレスチナ問題として今も続いています。

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