【入門】ポピュリズムは本当に悪なの?簡単に解説

政治学、国際政治

アメリカでのトランプ大統領の出現、ヨーロッパでの極右政党の躍進でポピュリズムという言葉がよく聞かれるようになりました。

ただこのポピュリズムという言葉についてメディアは基本的には否定的な立場をとります。

しかし、この批判は本当に正しいのでしょうか。

そこで今回はポピュリズムについて簡単に見ていこうと思います。

そもそもポピュリズムってなんぞや

さてポピュリズムという言葉を大手メディアがよく海外の政治を説明する際に使ったりします。

ポピュリズムがなんぞや?と簡単に説明してしまえば、国内のエリート層とその他の集団間に対立を作りそれを煽ることで権力を獲得しようとする手法と言えますね。

ただ、こうした二項対立をブチあげるだけでそう簡単に人気を獲得できるのと不思議に思う人もいるでしょう。

そこでなんでポピュリズムがなぜ受けるのか、その原因を詳しく見ていこうと思います。

その人気の理由は実は結構単純だったりするのです。

ポピュリズムが受け入れらえた背景

こうしたポピュリズムが受け入れられている国には基本的に二つの土壌が存在しています。

それが
1.経済格差
2.既存の政党、政治への不信感
ですね。

経済格差


グローバル化の進展に伴い、安い労働力を求めて国外に工場を作っていった企業の数は決して少なくありませんでした。

そのため今まで国内の工場などで働いていた人はクビになったり、給料が安くなってしまったのです。

国内のブルーカラー層は没落する一方、ホワイトカラー層は従来以上の富を蓄積することが可能になったのです。

その理由としては高いレベルの教育を前提としたホワイトカラー層の仕事は、賃金が安い国外に移転することができなかったからです。

製造業などの比較的単純な仕事では高度な教育を必要としないからこそ、簡単に賃金が安い第3国に移転することができました。

しかしホワイトカラーの仕事をするには高度な教育を受けた人材を必要としていたので、そう簡単には移転できませんでした。

なぜなら賃金が安い国ではそうした高度な教育を受けた人が少ないか、そもそも高度な教育を行える環境が整っていなかったりするからですね。

結果としてホワイトカラーの仕事は国内に残りことになったのです。

さらにはホワイトカラーの仕事はインターネットの本格的な登場や安い労働力を容易に確保できるなどグローバル化の恩恵を非常に多く得ました。

そのためホワイトカラー層はより裕福になり、ブルカラーの仕事は国内から消えたことで貧困に追い込まれてしまったのです。

このような経済格差が無視できないほど大きくなった際に、この解消を叫びポピュリズムが出てきたのです。

既存政治への不信感


さてもう一つの理由として既存政治への不信感があります。

ソ連が崩壊して以降、欧米各国では右派と左派の違いがほとんど見分けがつかないようになっていました。

例えばフランスではコアビタシオン(保革共存)と呼ばれる、大統領と議会の多数派が異なる状況が生まれたり、ドイツでは右派の最大政党であるキリスト教民主同盟と左派のそれであるドイツ社会民主党による大連立政権が成立する状況がありました。

こうした状況になったことで国民は政権につくのが右派だろうが左派であろうがそこまで大した違いはないのでは考え流ようになっても不思議ではないですよね。

またヨーロッパでの冷戦後のU拡大からわかるように右派も左派もグローバル化には賛成という立場でした。

そのため国際的な経済活動も活発に行われるようになっていたのです。

ここで問題になるのが先ほども触れた非熟練労働者といったブルーカラー層の雇用が問題になるわけです。

政府は国際的な政策、志向を強めていったことで国際化は良いことということで、それによって生じている国内のブルーカラー層の経済的弱体化を見ていないか、気がついていない状況だったのですね。

このように右派も左派もほとんど同じような状況でかつ、両者から見捨てられていると感じたらどうなるでしょうか?

結果として国内で見捨てられたと感じ、政治に対してどうしようもないと無力感を持った人々は既存の政治、政党に対して完全に不信感を抱いても不思議なことではないでしょう。

このようにポピュリズムの出現が叫ばれる国の多くでは、以上の理由から政治に不信感を抱く人の数が決して少なくない有様だったのです。

救世主としてのポピュリズム


さてこうした無残な政治環境で姿を表したのがポピュリズムなのですね。

ポピュリズムは冒頭で説明した通り、エリートと虐げられた国民の二項対立を煽ることで人気を獲得し、政権の獲得を目指す政治手法です。

先ほど触れたような政治への信頼もへったくれもないような環境で、「みんなの辛さは理解できる」、「自分はこんな悲惨な状況を改善することができる」、「今の環境が悪いのは政治家やエリートが好き勝手にやっているせいだ!」、「無視された自分たちの正しい声を政治に反映させよう」といった感じの主張をする政治家が現れたらどうなるでしょうか。

現状に深い失望を抱いている人であればこうした人をぜひとも応援したいと思う可能性が十分に高くなるでしょうし、そこまで不満を抱いていなくとも既存の政治家やエリートにギャフンと言わせたいと思っている人や自分たちの意見が政治に反映されていなかったことが不正義だと感じていた人は、そうした主張をする政治家に投票しても不思議ではないですよね。

このように民主主義のはずなのに、それがないがしろにされている!庶民の意見は無視され少数のエリートの意見しか政治に反映されていないと不満を持っていた人たちには、ポピュリズム政治家の見事なまでにエリートへの不満や怒りをぶちまける姿勢が突き刺さったのですね!

しかも現在ではSNSで簡単に人と繋がれるのでこうしたポピュリズムに訴える政治家の意見は簡単に拡散しますし、その政治家と繋がれるのでシンパシーを感じることは容易になっています。

ですから現代はより一層ポピュリズムが拡大しやすい状況にあると言えるのではないでしょうか

こうして不満を抱いている国民の意見をすくい取り、それが達成されないのは既存の政治家や社会のエリートが権力を独占していると主張することがポピュリズムの真髄と言えるでしょう。

ポピュリズムの正当性?


さてポピュリズムは基本的にメディアからは批判の対象として扱われます。

理由としてはやはりポピュリズムが移民や難民の規制、イスラーム教を真正面からぶった切るような主張をするからでしょう。

ただこうした一面だけを見てポピュリズムを悪だと断じてしまうのは難しいかもしれません。

なぜならポピュリズムは既存のエリートから意図的に無視されてきた国民の意見を政治に直接反映させることを目的にしている面もあると説明しました。

こうした国民の声を政治に反映させるという主張だけをみれば、民主主義にかなっているじゃんと思えますよね。

無視されてきた国民の意見をポピュリスト母政治家が汲みあげたことで、既存のの政治家もそうした意見について真剣に考えるようになったのです。

ある意味でポピュリズムが民主主義の活性化につながったという点では評価をすることが可能なのではないでしょうか。

ポピュリズムの危険性


さて先ほどはポピュリズムが民主主義の活性化につながる点は評価できると触れました。

こうしたメリットがありますが、それ以上のリスクが見え隠れします。

それは全体主義的な傾向が政治に持ち込まれる可能性が十分にあることです。

ポピュリズムは国民の意見を政治に反映させることを掲げていると説明しました。

この国民の声を政治に反映させた場合時には少数派の権利や自由が制限されてしまう危険性があるのです。

こうした少数派の権利などが危険にさらされる可能性があるという負の一面があるくせして、民主主義を時には活性化させるという正の面も併せ持つのでポピュリズムは非常に厄介な存在と言えるのですね。
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日本のポピュリズム


さて最後に日本でのポピュリズムの動きについて考えていこうと思います。

さんざんですがポピュリズムは既存の政治家、官僚、マスコミ、大企業といったいわゆる勝ち組に対しての怒りをぶちまける政治行動と見てきました。

そしてメディアは今回の参議院選挙でNHKから国民を守る党や山本太郎のれいわ新撰組がある意味での奇跡的な勝利を収めたことの要因と分析しています。

さてそれは本当でしょうか?

個人的にはれいわはの政策をざっとみれば大きな国家を志向しており、候補者も多様性にとんでいます。

これだけみればリベラルな政党に見えますね。

ただ今回れいわはSNSを利用し、ある意味で耳障りのいい政策を訴えてきました。

こうした政策は生活を苦しく思っている人や既存の政治に不満を持つ人には魅力的に映ったことでしょう。

(個人的に奨学金関係の観点から個人的にですが共感を感じました…。)

ですが彼らが主張する政策が実現可能かと考えると疑問に思える点もあります。

そして先ほども触れたようにSNSで耳障りが良い政策を主張し、国民からの支持を取り付ける点をみればポピュリズム的とも言えるかもしれません。

しかし、個人的にはれいわはまだ二項対立的な主張をしていなかったのでポピュリズム的な性格を現在、本当に持っているのかと聞かれれば疑問に思えます。

つまりれいわは現在はまだポピュリズムではないと思えます。

今後どうなるかを見ていく必要があるでしょう。

さて一方のNHKから国民を守る党を考えていきましょう。

彼らもSNSである意味でハチャメチャなウケを狙ったような広報戦略をぶっ放してきました。

そしてその主義主張はNHKをぶっ壊す、ただそれだけです。

これをみればある意味でNHKとその受信費を払いたくない層との対立構造を作ろうとしている点に目がいき、ポピュリズムじゃんと言いたくなります。

ただ個人的には疑問に思えます。

NHKから国民を守る党はとにかくアンチNHK、NHKをぶっ壊すただそれだけしか主張していません。

ポピュリズムはより包括的にエリートとその他の国民の対立を煽ることで政治権力の獲得を目指します。

ただNHKから国民を守る党はとにかくそんなの関係ねぇとNHKしか見ていません。気持ち悪いほどです。

ですのでポピュリズムではないと思います。

仮に政治的なカテゴリーで分析しようとするのでしたらリバタリアニズムに近いのかもしれません。

国家による不本意な富の収奪に反対するリバタリアニズムですので、ある意味で放送法によって視聴料を回収することが認められたNHKに対して反対の立場をとるNHKから国民を守る党はこれに当てはまるのかもしれませんね。
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