9.11テロ後、アルカイダがこのテロを起こした原因として世間に流布した「ジハード」という言葉。(日本ではよくジハード=聖戦と訳されていますよね。)9.11もありジハードという言葉を聞くと、イスラーム教徒(ムスリム)が異教徒に武力をもって改宗を迫ったりとか、攻撃することをイメージする人もいるはず。(逆にそもそもジハードなんていう言葉初めて聞いたって人もいるかと。実際自分もよく分かっていなかったので…)
さて、このジハードは単純に「ジハード=異教徒を殺すこと」と定式化できるのでしょうか?ムスリムはイスラームを平和の宗教だと主張します。ならば、ジハードが異教徒を殺せ、なんて主張しているならば平和の宗教とは断じて言えません。
そこで、ジハードとは何かをみていこうかな~と。
ジハードの中身
ジハードの原義は「神の道のために努力/奮闘する」という意味を持っています。この努力や奮闘には確かに「アッラーのために自己を犠牲にして戦う」とか「聖戦を行う」というニュアンスも含まれています。
ですが、この暴力を伴う聖戦はイスラーム共同体が攻撃されたとか、自分たちが住んでいる土地に侵略者がやって来たから防衛のために戦うといった場合がジハードと認められるのです。仮にムスリムが何もしてこない異教徒のもとに出向いて、殺害などすればそれはジハードではなくただの殺人です。(イスラーム教では殺人は全人類に対しての罪だとして、強く非難をしています。)
またジハードが意味する努力、奮闘は自身の心のうちに潜む邪悪な意思や考えを克服し、信仰心を高めましょうっていう内面的な意義も存在します。この内面的なジハードを大ジハード、実際に武力を用いるジハードは小ジハードと言います。
アルカイダのジハード理論
さて、ジハードの概念は分かった。暴力が伴うジハードの多くは自衛のために行われました。
ですが、アルカイダや他のイスラーム過激派組織はテロ行為をジハードと称しアメリカや自国の政府に実行してきました。なぜ彼らは防衛行為とは呼べないようなテロをジハードと呼ぶことができた(呼んだ)のでしょうか?
その理由を言ってしまえば、信仰の邪魔になる存在に対する攻撃はジハードになると彼らは考えていたからです。ジハードは防衛のために行われるんじゃなかったっけと思う人もいるはず。実はテロをジハードとして正当化する裏ワザがあったのですね~。(なんだってー!)
初めにイブン・タイミーヤという人物を紹介しておきましょう。この人物は数多くの著書を残した大思想家です。なんで急に思想家の話をするんだよ、と思うかもしれませんが彼の思想はアルカイダなどが使った裏ワザに大きく関係があるのです!
タイミーヤはシャリーアから逸脱した不信仰者はジハードの対象であると宣言しています。つまりシャリーアを守らないムスリムを攻撃することは正しいことであり、それは義務であると説いたのでした。タイミーヤがこの世を去ってから数百年後、彼のこの考えをもとにして一つの理論が作られます。その理論こそがテロをジハードに昇華させるものだったのです。
その理論とは1950~60年代に活躍したエジプト人のサイイド・クトゥブ(アルカイダの首領ビンラディンは彼を思想の師とみなしていました)が打ち立てたものでした。
当時のエジプトはナセル大統領が独裁を敷いており、自分の権力を脅かす可能性があるとしてムスリム同胞団(宗教色の強い互助組織)を弾圧していました。ムスリム同胞団に所属していたサイイド・クトゥブにとって、この弾圧は許せないものだったのですね。そこで、クトゥブは1964年に‘道標’という著書を出版しました。この本の中でナセルの独裁下のエジプトはムハンマドが否定したイスラーム教が興きる以前の暗黒時代(ジャーヒリーヤ)と同じだとこき下ろし、ジャーヒリーヤに陥っている社会を正すために前衛による武力を含む行動が必要だと主張したのでした。
クトゥブの主張はやがてビンラディンを含む過激派組織に受け継がれ、ジャーヒリーヤは少数精鋭の兵士によるジハードによって破壊できると考えられるようになったのです。これがテロをジハードだと正当化するロジックとして働くことになったのですね。
まとめ
結局ジハードというものはどういうものかというと、精神的な修行もある一方で暴力の行使を正当化している一面もあります。ですが、暴力の行使には一定の制限があります。ですからジハードを単純に暴力と結びつけるのは安易なものかと思います。
アルカイダなどはテロをジハードとして正しいものと見なしていますが、これはどんな理論を使おうとも自分としては正当化出来ません。
ですがアメリカはテロとの戦争ということで無関係の市民を多く殺害しています。むろんテロには反対ですが、これによりアメリカに恨みを抱きジハードと称してテロを実行する者が出てきても不思議とはいえないのでしょうかね。
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