3分でわかる?シオニズム

      2016/07/21

シオニズムってなんじゃらほい?

というよりもシオニズムという言葉を初めて聞いた人も多いはず、そこでシオニズムの思想を簡単に紹介していきますね!

一つだけじゃないの!?

さてさて、シオニズムとはどんな思想なのか?広辞苑を引いてみると

パレスチナにユダヤ人国家を建設しようとする運動。19世紀末ヘルツルらの主導下に興起し、1948年イスラエル国家を実現。シオン主義

とある。

ふむふむ、なるほどそうなのか!となってしまうとこの記事を書いた意味がないじゃん(笑)。

“じゃあ、お前は何でこの記事を書いたんだ!?”となるはず。

 

なんと、このシオニズム実は国家を建設するといっても様々な手段が主張されたのです!シオニズムといっても一概には言えないんですよね~。

だからこの記事を書いたんです!

早速どんなシオニズムがあるのかを見ていきましょう。

 政治的シオニズム

テオドール・ヘルツルが始めたのが、この政治的シオニズム。広辞苑に彼の名前がでてきたように政治的シオニズムはシオニズムの代表格って感じのやつですな。

この政治的シオニズムはどんなものかというと。

ヘルツルは1896年に『ユダヤ人国会』を出版し、翌年にはスイスのバーゼルで第一回シオニスト会議を開催しました。この会議には世界各地からユダヤ人が集まったのです!ヘルツルが主張したのはイギリスなどのヨーロッパ諸列強から協力を得て、ユダヤ人国家を建設だったのです。こうして政治的シオニズムを信奉する人たちはユダヤ人国家の実現のため盛んに外交活動を展開したのでした。

つまり政治的シオニズムは、主に外交活動でユダヤ人国家の建設を目指した考えといえます。

社会主義シオニズム

次に説明するのは社会主義シオニズム。

社会主義シオニズムはイスラエル初代首相のベングリオンが指導者だったこともあり、イスラエル建国後も影響力を持つ思想です。

さてさて、イスラエル国内で影響力を持つようになったこのシオニズムはどんな思想なのか気になりますよね!さっそく社会主義の考えを覗いてみましょう。

 

社会主義シオニズムの考えは労働者としてパレスチナに移民、入植するというものです。

なぜこんな考えが生まれたのかというと、今までユダヤ人は金融業で生活していました(シェイクスピアのベニスの商人でユダヤ人金貸しが登場しているように、ユダヤ人=金融業となるくらいに金融業者はユダヤ人が多かった)。しかし、この様な状態は正しいものではないと社会主義シオニズムと信じていました。だからこの考えが生まれたわけなんです。

こうして、社会主義シオニズムを是とするユダヤ人は、パレスチナに正しい状態であるクワやスキを持って農作業をするために自分たちの土地を求めたのでした。

 

この社会的シオニズムはイスラエルでキブツという高い福祉と豊かな自然環境の生活共同体を築きました。またベングリオンは政界を引退した後、ネゲブ砂漠近くのキブツで不毛な土地の開墾にいそしんだそうです。

ほっほ~ん社会主義シオニズムはなんなのかは、分かった!けどどーして社会的シオニズムがイスラエルで影響力を持つようになったのと疑問に思う人もいるはず。

 

その原因は、社会的シオニズムの体現であるキブツが度重なる中東戦争でイスラエル防衛の前線基地として働いたからですね~。(まさに血の代償!)

こうして、イスラエルの人たちは国を守ったキブツとその背後にある思想に影響を受けるようになりましたとさ。

精神的シオニズム

今まで説明したシオニズムは政治運動ですが、ここで説明する精神的シオニズムはそうではなく文化運動といえます。

 

精神的シオニズムを主張したのは、アハド・ハアム(本名はアシェル・ギンツベルグ)というウクライナ生まれのユダヤ人。彼は現代イスラエルの文化人に多大な影響を与えた人物としても有名なんだとか。

彼の主張は、ヘルツルをはじめとする政治的シオニズムはやがて入植したユダヤ人とアラブ人の間に衝突が起こるだから、パレスチナの地はユダヤ人の精神的、文化的中心であるべきだというものです。

だから精神的シオニズムは文化運動といえるんですね。

シオニズムの結末

シオニズムはユダヤ人がパレスチナに自分たちの国を様々な方法で建設しようとしたものでした。

しかしアバト・バアムが予期したようにイスラエル建国はユダヤ人とアラブ人の対立を生んでしまいました。この対立はパレスチナ問題として今も続いています。

 - パレスチナ問題, 中東