ヒトラーがユダヤ人を迫害した誰も教えてくれない理由…

パレスチナ問題

第二次世界大戦中にユダヤ人がヒトラーを頂点とする第三帝国に迫害されたことはよく知られています。

さてユダヤ人が迫害された理由を究極に単純化すると、教科書通りの説明になりますが第一にヒトラーがユダヤ人を嫌悪し彼らの絶滅を己の使命と確信していたこと。

第二に当時のドイツ社会の経済状況の脆弱さと、ドイツ社会とユダヤ人の歴史をあげることができるでしょう。

ただホロコーストという虐殺まで行き着いたユダヤ人迫害の原因をここまで単純化してしまうと非常に重要な要因を見失ってしまいます。

そしてこの重要な要因は現在の日本で生きる自分たちにも決して他人事とは言えないことです。

知っているだけでも自分の身を守ることに役に立つはずです。

そこで今回はユダヤ人迫害のこの二つの原因を詳しく見ていこうと思います。




ヒトラーがユダヤ人を嫌悪したのはなぜか

さてナチスによるユダヤ人迫害の原因はヒトラーがユダヤ人を嫌っていたことを原因とする説明は少なくありません。

しかし、なぜヒトラーはユダヤ人を最終的には虐殺するほどまで憎んでいたのでしょうか?

青年期の挫折


さてヒトラーがユダヤ人を嫌悪するようになったのはオーストリアの首都ウィーンで過ごした青年期にあると言われています。

当時のウィーンはハプスブルク帝国(オーストリア帝国)の首都であり、その人口構成は非常に複雑なものでした。

なぜなら当時のハプスブルク帝国はヨーロッパ一と言っていいほどの多民族国家であり、その首都ともなれば人種構成は多様なものであっても不思議ではありませんよね。

そしてこのような多様な人種、民族を抱えていたウィーンにも多くのユダヤ人が生活を送っていました。

このようにユダヤ人が数多く生活するウィーンの中でヒトラーは青年期を過ごしていたのです。

ただヒトラーにとってこの青年期を過ごしたウィーンでの生活は決して幸福なものではありませんでした。

もともとヒトラーは画家を目指しウィーンの美術学校を受験しました。

しかし、受験の結果は不合格という形で終わってしまいます。

ヒトラー本人は合格を確信していたのですから、受験の失敗による精神的ダメージは相当大きかったでしょう。

受かったと思った試験で落ちれば悔しいと感じる人は多いでしょう、ましてや第一志望の学校に落ちたとなれば誰もがその辛さや悔しさを理解できると思います。
(そして、現代の日本で美大に落ちた独裁者としてネタにされている…)

一方、美術学校の講師からヒトラーは建築の才能が認められ建築学校の入学を進められます。

この勧めによりヒトラーは建築学校の進学を希望するようになるのですが、ヒトラーは小学校を卒業後に進学した実技学校を中退していたので建築学校の受験資格を持っていませんでした。

そして希望の進路を取れなかった青年は浮浪者生活に突入することになるのです。

官吏の息子として育ったヒトラーにとってこの極貧浮浪者生活は苦しいものでした。

このように希望する進路は不可能となり、さらにホームレスとしての生活を営むこととなった街と青春時代を苦々しく感じられても不思議ではないでしょう。

ただ、ウィーンで失敗したからと言ってなぜユダヤ人を憎むようになったのでしょうか?

その理由としてはヒトラーは不遇の時代をウィーンで過ごしている間の経験をあげることができるでしょう。

ウィーンでの思想形成


一つは当時のウィーン市長が反ユダヤ思想の持ち主であり、その主張を様々な場面で公言していたことです。

市長はユダヤ人は国際資本を独占し、経済を我が物にしているので排除する必要があるといった主張を行っていました。

不遇な時期にこうした情報に触れたヒトラーはユダヤ人に対してのより興味、関心を向けるようになり街中に溢れるパンフレットなどを買漁るなどしてユダヤ人に対しての思想を構築していくことになったのです。

このようにヒトラーはユダヤ人についての情報を集めいていくなかで、時には浅ましい議論や偏見とも言えるユダヤ人に関する情報に触れ一時は反ユダヤ主義に対して懐疑的になることもあったとも言われています。

しかし、ヒトラーは最終的には反ユダヤ的思想・世界観を形成することを選択しました。

また当時のウィーンにはポグロムと呼ばれるロシアでのユダヤ人迫害から逃げてきたユダヤ人がたくさんいました。

そのようなユダヤ人は元からウィーンに住んでいたユダヤ人とは異なり身なりも汚いだけでなく、時には売買春など怪しい仕事を行っていました。

このような異質な存在に対して従来のウィーン社会においては反感を抱くものは少なくありませんでした。

そして反ユダヤ的な空気が存在するウィーンで、ヒトラーはそうした街で人生のどん底を過ごしていたのです。

それまでの人生においてもっとも不遇の時期を過す中で社会が反感を持っている集団に対して、憎しみを持つようになり反ユダヤ的な世界観を形成しても不思議ではないでしょう。(無論、ユダヤ人としては勝手に恨んできて虐殺してくるなんてふざけるなと言う話でしょうが…)

当時のドイツと歴史


さてユダヤ人が迫害、虐殺されたのは今まで見てきたようにヒトラーが個人的に嫌っていたからと結論付けることもできるかもしれません。

実際にヒトラーは「我が闘争」の中でユダヤ人を延々と批判し、彼らが危険であるということを主張し続けています。

こうした事実を鑑みると、第一次大戦後のドイツで絶対的な権力者となったヒトラーが個人の信念に基づいてユダヤ人の虐殺を行ったのか思えてしまいます。

ただ、独裁者といえども国内にいる一定の集団をそう簡単に虐殺することができるのでしょうか。

例えばヒトラーの権力や独裁に反対する人間にとって、この過激な主張や行為はヒトラーを権力の座から引きずり落とすために有用な宣伝材料等として使うことができますよね。(しかし実際にはヒトラーはベルリン陥落が目前に迫り、自殺を選択するまで権力を握り続けることができましたが…)

このように考えてみると、ヒトラーの個人的な趣向だけで虐殺を行うのは難しいのではないでしょうか。

そうなると、ユダヤ人虐殺(ホロコースト)が実行されていったのはヒトラー個人的思想以外にも原因があると言えるでしょう。

それが第二の理由としてあげることができる、当時のドイツの状況と歴史です。

負け組、ドイツ


さてドイツは第一次世界大戦後、敗戦国として尋常ではない程の賠償金を筆頭に戦争の責任を負うことになります。

こうした過酷な戦争責任を負うことになったドイツ社会はフラストレーションのはけ口が求められていました。

その対象となったのがユダヤ人だったのです。

なぜならユダヤ人はマイノリティーでありながら、戦後のワイマール共和国でも社会的に重要な地位を占めていました。

このようにマイノリティーだが重要な地位にあるということでユダヤ人に対しての反感がドイツ社会を覆っていたのです。

さらにユダヤ人は古くから社会のマジョリティーから排除されていた歴史もあり、より反ユダヤ的な空気が生まれていたのですね。

そしてヒトラーはこうした社会情勢にうまく乗り権力を獲得していったのです。

ヒトラーは自身の思想としての反ユダヤ主義と、国民の中に燻る反ユダヤ主義と不況に対する不満を利用することで選挙に勝利し、独裁者への道を切り開いていきました。

これは当時の国民が、言い換えれば民主主義が国内に存在する特定の集団を排除・虐殺を可能にしたと見ることができるのではないでしょうか。

無論、この見方は民主主義を貶めるための非常にシニカルな考え方と批判することもできます。

ですが民主主義が結果として歴史的な悲劇を招く一因となったということも否定することはできません。

さて、以上からホロコーストが起きたのは民主主義の中で少なからずユダヤ人に対しての迫害政策が支持されたという事実も一要因として言えるでしょう。

ただし、ヒトラーが政権を獲得してすぐにユダヤ人の虐殺を始めたのではないことに注意が必要でしょう。

なぜなら政権を獲得してすぐに特定の集団の虐殺を始めれば、自分も殺されるのではと国民が考えヒトラーの政権に対して拒否を示すことが予想できるからです。

しかし実際にはヒトラーは徐々に徐々にユダヤ人から権利を奪うという形で迫害をすすめていきました。

最初は公務員への就任権の剥奪、大学への入学制限から始め、次第に財産の制限、没収とユダヤ人を社会から排除していき、最終的にはホロコーストに行き着くのでした。

このようにヒトラーのユダヤ人迫害は小さな制限を課し、制限を増やしていくという形をとったのです。

そのため国民としては文字どおり他人事にしか感じられず、ヒトラーのユダヤ人迫害政策に対して積極的に反対する空気が生まれにくい背景がありました。

つまりナチスによるユダヤ人迫害は国民の意識に上らないように行われたと指摘することもできるかもしれません。

ただし、ヒトラーは反ユダヤ的な態度をとったから国民の支持を得ることができたということは忘れてはいけないでしょう。

以上から、ヒトラーがユダヤ人を迫害できた理由としては①反ユダヤ的な思想を形成したヒトラーが、ユダヤ人迫害を己の使命と確信し②その思想を受け入れる空気がドイツ社会に存在しており③ユダヤ人迫害政策が急進的に行われず、国民から断固拒否されない程度に迫害が進んでいったからではないのでしょうか。

ユダヤ人迫害は昔の遠い世界で起きたことじゃない…


さてここまではヒトラーによるユダヤ人迫害を見てきました。

こうしてみるとユダヤ人迫害の原因はヒトラーの狂気が当時のドイツに受け入れられる下地があったこと、そして迫害政策が段階的に引き上げられていったことではないかと思われます。

そして何か不都合だったり、不利益になりそうなものは段階的に行われているということが実は現在でも起きているかもしれませんよね。

そうなるとユダヤ人迫害はある意味で決して他人事と言えないのではないでしょうか。

ですので何か例え小さいことでも自分の不利益になりそうな事案が起きたら、その背後関係を考えてみることは自分の身を守るのに役立つかもしれません。

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